創作物

小説

三宅くんのこと

 いま、猫になってしまった三宅くんを膝に乗せながら、どうしたものかと撫でている。

 あんまり可愛くて困ってしまうな。

 猫になる前は、結構大柄で、髪はボサボサで、肌がちょっとざらついていて、声が低い、だけど犬みたいに人懐っこい人だった。

 それが今や小柄で、艶々な毛並みで、ニャーンとか細い声で鳴き、少しツンとした猫である。

 猫、間違いなく猫だけど、間違いなく三宅くんなのだ。

 だってほら、耳たぶと背中のほくろの位置が一緒。彼のほくろの位置を把握しているのは、おそらく私一人だけで、つまりこの猫が三宅くんなことを知っているのも世界で私一人だけなのだ。

 ニャー、という声がふと私の足元で響く。下を見ると、真ん丸で黄みがかった水晶と目が合う。

 「どうしたの? あ、もうご飯の時間か。ごめんね、お腹すいたね」

 急いでご飯を取りに行く。そうすると、鈴を鳴らしながら三宅くんが付いてくる。

 「どうぞ、いっぱいお食べ」

 ついこの間まで、レストランで同じテーブルを囲みながらイタリアンをフォークで上手に食べていた三宅くんが、地面に置いたお皿に顔をつっこんで小さな口ではむはむとキャットフードを食べている。私は対等だったはずの三宅くんに、いっぱいお食べ、なんて言いながらエサをやっている。もちろん、今だって対等じゃないとは思ってないけれど、自分でエサ袋を開けられない三宅くんにとって生命を委ねられているようなもので、やっぱり少し立場は変わってしまったのではないかと思う。食べ終わると三宅くんは、ゴロゴロ言いながら私に頭を擦り付けてきた。こういうところは、人だった時から変わっていないな。いや、どうだったかな?

 今三宅くんは、何を思っているのだろう。置いてきた仕事の心配とかしているのだろうか。それとも、こうして私とずっと一緒にいられることに、喜んでくれたりしていないだろうか。

 猫になる前、私はずっと一緒に住みたがっていたけど、三宅くんはずっと迷っていた。私の全てを知ってしまうのが勿体ない、とか言っていた。おかしな事を言う人だと思った。一緒に住んだぐらいで、人の全てなんて分かるはずないのに。だけど、勿体ないと言ってくれた事が嬉しくて、たしかに生活を共にする楽しみは、まだ取っておいてもいいのかも、なんて思い直したんだっけ。

 それなのに。お預けがあんまり長いから、私はつい「三宅くんは私とずっと一緒にいる気がちゃんとあるの?」なんて聞いてしまったんだ。そうしたら三宅くんは、少し困った顔をして、私にキスをした。反射で目をつむって、あけたらそこには猫がいた。

 あの日からずっと、三宅くんのことを考えている。こんな形を望んでいたわけじゃ、ないのに。

 やるせなくなって天井を仰ぐと、ふと目の端に、鮭のキーホルダーが映った。君もこういうの好きだと思って、と恥ずかしそうに渡された、三宅くんからの最後のプレゼントだった。

 ああ、そうか、何にも分かっていなかったのは、私の方だ。似合わないわ、と笑った私に、照れ笑いした三宅くんの顔を思い出して、何度も反芻した。もう彼の声が思い出せなかった。

執筆者

文芸学科/山口可奈

(文芸研究上坪ゼミ・テーマ「恋心を描く」・2021)