沖本敦子さん(編集者、2000年卒)

編集者・沖本敦子の肖像

テーマとはなにか。我々はなにを考え、なにをすべきなのか。フリーの児童書編集者として多くのヒット作を手がけている沖本さん。大学卒業後、出版社でのアシスタント時代から現在に至るまで、なにを考え、なにをしてきたのか。その軌跡に触れる。

―――学生時代はなにをしていましたか?

 

 本が好きだったので、小説家に憧れて文芸学科に入学しました。友達と遊んだり、ひとりでふらふらしたり、編集プロダクションでバイトもしていましたね。
 小説家に憧れていた割には現実世界のわたしは色々なことに疎く、気づきや目覚めも極度に遅かったです。例えば、人の感情や恋愛が全然わかりませんでした。文学や映画のテーマや歌詞にたいてい恋愛が絡んでくるのが不思議でした。

 

―――創作はしていましたか?

 文芸創作専攻だったので小説は書いていました。いま読むと、自分の殻から出る必要性すら感じていない子がひとりで書いている、テーマ不在の変わった話、という印象。当時は、ニコルソン・ベイカー(1957~)や稲垣足穂(1900~1977)みたいな、独自路線を極めている人の作品が好きでした。殻から出てすらいないので、わたしの中に伝えるべきテーマはない。でも、文章のレトリックや、オリジナリティのある構成などには心惹かれていて、そういうものをこつこつ吸収していました。
 『JACKPOT 編集者の肖像』という雑誌も作りました。就活が迫ってきて友達と「やばい、履歴書に書くことがない!」と焦って、先生に泣きついたんです。そうしたら白水社や筑摩書房、日経BP社、モノマガジン社、小学館などの編集者を紹介してもらえて、インタビューすることができました。その縁でのちに白水社で編集アシスタントとして働くようになりました。

 

―――白水社ではどんな仕事をしていましたか?

 DTPのオペレーターとして、レイアウトを組んだり、文学全集の校正をしたり、デザイナーさんに色校を届けに行ったりといった仕事をさせてもらいました。ただ、あくまでアシスタントだったので、ここにずっといても、編集者にはなれない。契約社員でお客さん扱い的な立ち位置でもあったので、不安もありました。
 わたしは生まれつき、ものすごく怖がりで、「このままじゃ通用しない!」ってよく迷走するんです。焦りは常にいい着火剤。白水社は語学書の出版社でもあるので、社員のみなさんは、英語は当然のこと、それ以外の言語も使いこなす人ばかり。そんな中、英語すら覚束ない自分に焦りはじめ、英語の学校に通いはじめました。

 

―――出版社では、海外事業部のようなところでしか外国語を使わないというイメージがありました。

 

 実際そうかもしれません。でも編集者になるなら、少しでも語学ができると企画の可能性や仕事の幅が広がるので勉強しておいて損はないと思います。ボローニャ・ブックフェア*1でも、やりとりは基本英語です。エージェントの方が通訳に入ってくれることもあるけれど、稚拙でもいいので、自分の言葉で色々な国の編集者たちと直に話せた方が、友達も増えて楽しいです。

 

―――なぜ児童書の編集者になろうとしたんですか?

 わたしは本が好きで、読書に随分救われてきました。子どもの本は読者を本の世界に呼びこむ第一走者だと思っています。ここで子どもたちに「本っていいものだな」と思ってもらえたら、その子の読書の次の扉へとつながっていく。そこにやりがいを感じます。読書をすることで世界中の文学者や、哲学者、科学者、アーティスト、すべての人たちが、自分の先生になってくれる。しかも、かなり近い距離から親しく語りかけてくれます。本を読む、読まないで人生の豊かさは大きく変わると思います。自分の仕事を通じて、できるだけたくさんの子どもに本の楽しさを伝えたいんです。ただ児童書版元は募集枠も少なく、わたしは新卒採用で全敗したので、白水社で編集雑務の経験を積み、その後、中途採用枠でブロンズ新社に入社しました。

―――編集者になるには新卒で大手の出版社に入る道が一般的かと思っていました。

 スタートが大手の総合出版社というのは最高ですが、そうじゃなくても出版業界にはいろいろな脇道があります。アシスタントからっていうのも、そのひとつ。
 結果的にわたしは、小さい出版社で経験を積めたことが、すごく役に立ちました。小さい出版社のいいところは、制作を含めた本作りの全工程に関われること。紙屋さんや印刷所、製本所とやりとりをして見積もりをとって、原価計算をして、発注してといった作業をすべて編集者が自分でやれます。本を作る過程には、作家さんと編集者だけでなく、紙屋さんが紙を確保してくれて、印刷所の方が現場できれいな色を再現してくれて、製本所の方が何度もテストしてくれてと、全てがリレーで繋がっているんです。現場を見て気づけたことは多く、そこに目配りできるようになれたことがわたしにとっては大事な成長でした。これは営業部や広報、本が出て行った先の書店さんとのやりとりでも同じです。読者の手に渡るのがゴールで、そこまでの各セクションみんながバトンをつないでいく感じが、仕事をしていていつもいいなと思います。

―――作家と編集者はどのようなやり取りで絵本を作るんですか?

 編集者や出版社によって様々だと思います。わたしがいた当時のブロンズ新社は、まず社内で企画書が通せないと、作家さんに会いに行けませんでした。なので、とりあえず著者に会いに行く権利を獲得するために、社内に通すための妄想企画を立てる。それを手土産代わりに作家さんに持っていって、それを進める場合もあれば、それはできないけど、こういうのはどうですか?と、作家さんから提案をもらうこともあります。
 当時のわたしは企画書がまるで通らなかったので、八方塞がりになって苦労しました。でもいま考えると、作家さんに会うためのハードルがあったおかげで作品を読み込んでこういった面を引き出せたら面白いんじゃないかという考えができるようになれたのかなと思います。そんな経験もあって、基本的にわたしはその作家さんにお願いしたい企画をわりと具体的に考えて持っていくタイプです。会いにいく前に、この作家さんのこういう面をこういう風に引き出したいとあらかじめ考えていきます。

―――最近編集された『たまごのはなし』*2が、ブラチスラバ国際絵本原画展(BIB)金牌を受賞されましたね。おめでとうございます。

 ありがとうございます。この賞はJBBYという組織が日本の絵本から十作品を選んで、BIBに推薦するところから始まります。そこにノミネートされるだけでも名誉なことです。各国から十作品ずつ集まった中で、各賞が決められます。
 今は本の販売部数も右肩上がりではなくなってきています。でも、日本の作家さんの実力はすごいので、わたしは作家さんたちには日本だけではなくどんどん世界でも活躍してほしい、という思いがあります。そういった意味でも、日本の若手作家であるしおたにさんが国際的な賞を受賞されてことはうれしいです。今はSNSなどで気軽にコミュニケーションがとれる時代なので、他の受賞者の方と「おめでとう」を言い合いました。小さくでもいいので、コミュニケーションを取りつづけることで、日本の作家さんたちが世界でも活躍できる道筋がつくれたらいいなと思っています。

 

―――『たまごのはなし』の主人公は憎たらしいですが、読後は穏やかな気持ちになります。

 あの人たちは無知なだけで、悪じゃないからかもしれないですね。生まれたてだから清々しいほどに忖度もしない。編集する際に意識したのは、何かを学ぶのではなく子どもが自分で考えるきっかけになるような本にすることです。また、親御さんに読んでもらう絵本ではなく、子どもが一人で読みきれる本にしたかったので、すべて平仮名の文章にして、短いおはなしを三話入れています。教訓めいたものではなく、自分で考えることの面白さを子どもたちが楽しんでくれたらいいなと。頭がむずむずする疑問を投げかけて、あとは皆さんでお考え下さい、という本になるといいなと思っていました。

―――学生にメッセージはありますか?

 わたしは表現のためのテーマを手に入れるのが人より随分遅く、学生時代のわたしは、よくわからないまま、自分が惹かれる道具集めをしていたのだと思います。
 成長していざテーマや自分がやりたいものがはっきり見えた時、それを表現する「自分らしさ」があると、とても助けになります。人に伝えたい想いが定まった時、それをそのまま加工せずに出すと暑苦しくなって敬遠される。あるいは自分の表現を助けてくれる道具がないと「いやいや、わたしなんて」と躊躇してしまう。

 でも、そのときにわけもわからず集めてきたものがあると、それを自分らしく使って自由に柔軟に活動していけます。もし現時点で自分におけるテーマがわからない人がいたら、あえてそこを深追いせず、ただただ自分の好きなものをあれこれ引き出しにためていくだけでもいいのではないかと思います。

 

*1イタリア共和国北部に位置する都市。世界で唯一子どもの本専門の国際見本市『ボローニャ・チルドレン・ブックフェア』を毎年開催している、絵本の聖地でもある。

 

*2しおたにまみこ作。ある日とつぜん目を覚ましたたまご。はじめて歩き、はじめて話す。マシュマロを起こして、キッチンの台を降り、探検にも出かける。ユーモアと哲学的な深みがあり、大人も子どもも読み返す絵童話。
https://www.ehonnavi.net/ehon/157450/%E3%81%9F%E3%81%BE%E3%81%94%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%97/

 

沖本さんが手掛ける連載『ひとりがわそろこ絵本相談室』はこちら

執筆者情報

文芸学科/吉田萌
文芸学科/堀内塁

※この記事は2021年度「ジャーナリズム実習Ⅱ」において制作されました。