教員紹介

文芸学科主任からのメッセージ

文芸は謂わば一つの「遊び」です。

「遊び」が娯楽であることは言うまでもありませんが、「遊び」には、またふらふらと彷徨い歩くという古義があります。私たちの普通の用法では、ハンドルの遊びなど、余裕を持たせるという意味もあります。文芸もこうした広がりを持つ「遊び」という言葉の中で捉えるのが良さそうです。

「遊び」である文芸は時代とともに変化します。それは文芸が時代の心を映す鏡でもあるからです。近代の幕が開かれて以来、人間の営みは激動の流れに巻き込まれてしまいました。この流れを最早誰も止めることはできません。だから、人は辿り着く岸辺の見えない航海の記憶を綴る他ないのです。しかし、文芸はその望みなさをただ嘆くだけではありません。文芸はその激流を流れ下るスリルをむしろ楽しもうとします。「遊びをせんとやうまれけむ」と、古い歌謡が歌ったように、儚い一瞬の夢と知りつつも、人は人生を語り、娯しむことをやめません。そして、文芸は時代とともに変容し続けるだけではなく、時に未来を先取りしさえするのです。

文芸は決して近代の科学に組み込まれてはいけません。文芸は先ず「遊び」でなければならないからです。その気楽さと、自由さと、感動とが、文芸の命です。この文芸の命を萎縮させるどんな言葉にも、文芸に権威の衣を着せようとするどんな鹿爪らしい顔にも、誤魔化されてはいけません。新しい言葉は思いがけぬ方向から現れるのです。

「遊び」という言葉の多義性が、未来を創り出します。文芸学科はその「遊び」の中に未来を見つけるところです。多くの友人とともに「遊び」の中にそれぞれの未来を見つけてください。

文芸学科主任  ソコロワ山下聖美